「添乗員」での思い出

青島さんがしていた仕事の紹介

国内旅行の添乗員をしていました。北海道の北の端から、南は沖縄や小笠原の島々まで、日本国内のあらゆる地域をご案内してきました。

その仕事で感じたこと

壁に感じたこと

外国人のツアー参加者とのコミュニケーションには悩まされました。最近、特に海外からのお客さまも増えており、英語、中国語、韓国語……とさまざまな言語が飛び交う旅行も珍しくはありません。一応、英語は少し話せるのですが、まだまだ付き詰めていかなければいけないな、と感じていましたね。

その壁を乗り越えた方法

そのときは身振り手振りを交えて何とか理解してもらいましたね……(うまく伝わっていればいいのですが)。

楽しかった思い出

とある学生さんからお手紙を頂きました。修学旅行がとても楽しくなったと書いてあり、とても感動しましたね。

何故転職したのか。

その後も外国人観光客を相手にする機会も目に見えて増えてきて、そのたびごとに、言葉の壁が日に日に大きくなってきたんです。このままでは仕事もままならないと思って、一度離職して語学の勉強を始めたんです。英語圏に移住するなどして、3年かけて英語をほぼネイティブ並みにマスターしました。その後、そのスキルを活用できるツアープランナーへ転職を果たしました。ツアーを企画するなどの職務内容です。前よりも責任が重くなった分、やりがいを感じています。